第1話



"地元"。
そんな言葉を聞いても、衣座子はなんだかピンとこないものがあった。
衣座子は小さい頃から、父が職業柄転勤をする為、転校を繰り返してきた。そのせいだろう。
そして、今回もまた転校だ。もう何回目になるだろうか。ハッキリ言って分からない。きっと父も同じだろう。
今回の引越し先は山口県の、衣座子が生まれてから5歳まで住んでいた町らしい。
しかし、覚えているものといえば、祖父の顔と近所の公園くらいだ。
「衣座子、もう行くぞ。」
父の呼び声がした。
衣座子は傍にある荷物を抱え、アパートを出た。外に出ると、雲ひとつ無い青空だった。
この空を見上げるのも今日で最後か。衣座子は大きく伸びをして、父の車に乗った。





「なぁ、E.Tって何の略なんだ!!?」
軒下桃太が、うなりながら言った。
まただ、また変なこと言い出した。八神又吉は、やれやれと思いながらも答えた。
「森永さんに聞いてみれば?アタマ良いし。」
「おおっ、さすが飛丸!でかした!」
飛丸、というのは八神又吉のあだ名だ。
小学校入学と同時に桃太にそう名付けられ、それから中学3年の現在まで、クラスメイトから先生、近所の人、そして両親にまでそのあだ名で呼ばれているのだ。
飛丸自身も、本名を書くときについつい間違えてしまう程である。

「おい。」
ちょんちょん、と桃太は森永ゆうなの肩をつついた。
「何?」
ゆうなは、イライラしながら返事をした。
どうせこの馬鹿は、また意味の分からないことを言ってくるのだろう。
だから話を聞く前からイライラしてしまう。
「お前にしか言えない話なんだけど…」
「だから何?」
「E.Tって何の略!!?」
「知るかぁぁぁー!!!」
右ストレートが、桃太の顔面に炸裂した。

清々しい風、良く澄んだ青い空、キラキラ輝く海。昼休みの屋上ほど、気分のよくなるところはない。
 「クソ、まだ痛ぇ…。」
桃太は右の頬を押さえながら飛丸に言った。先程の、ゆうなからの右ストレートの痛みがまだ癒えてないのだ。
 「大丈夫かぁ…?」
 「全然。あの野郎、最近調子乗ってるんじゃねぇのか?」
こんな事を言っているが桃太とゆうなは実にいいコンビだ、と飛丸は思っている。
桃太とゆうなは家が近所で、産まれてからずっとの付き合いらしい。
衝突するのはしょっちゅうだが、互いを良く理解しあってるように思う。
 「こうなったら…後でアイツのスカートめくってやる。」
最も衝突する理由の殆どは桃太が原因なのだが。





「着いたぞ。」
父のその声で衣座子は起きた。
いつの間にか寝ていたようだ。外はすっかり真っ暗だ。
「荷物降ろすから手伝ってくれ。」
父の頼みに無言で頷いた。荷物は少なかった。
頻繁に引越しをするから、必要なもの以外は持っていかないようにしているのだ。
車から降りると、今度の家は一軒家ということが分かった。
荷物を手に取ったとき、後ろから声がした。
「衣座子、大きくなったのぉー。」
祖父だった。記憶に残っている祖父よりも、大分老け込んでいる。
「10年ぶり位だからのぉ…。そりゃ大きくなるなぁ…。覚えてるかあのころ……」
祖父は一人で話はじめた。だが衣座子は、久しぶりすぎて何を話していいか分からずただ頷くだけだった。
「………おい、飯食い終わったら久しぶりに野球でもやらんか?」
祖父はにっこり笑って言った。あっ、この顔だ。この少年のような笑顔、これが祖父だった。
「うん!じゃあ早く片付けちゃうね!」
おじいちゃんに野球。懐かしいって気持ち、今までよく分かんなかったけどこの感じなんだろうな。

片付けが終わると、祖父は衣座子を家の裏に連れていった。この家は寺の為、敷地が広い。
「ここを使うのも久しぶりじゃのぉー。」
そう言って祖父はスイッチを押した。パッと光がついた。そして、暗闇から祖父の特設野球場が現れた。
バッティングセンターの様に、ヒット、2ベース、ホームランなどのボードが付いている。
幼いころの遊び場なのだから、野球場と言っても勿論小さい。
だが衣座子にとって野球とは、ここで投げられたボールを打つことであった。
ただただ夢中にバットを毎日ここで振っていた頃。
あの頃おじいちゃんは凄く大きく見えた。今は私と同じくらいだ。
「よし、じゃあ投げるぞ!」
祖父はそう言うとボールを投げた。衣座子はサッと身構えた。





「飛丸、おじいちゃんよー」
母親の呼び声が玄関からした。じいちゃん?こんな時間にどうしたんだろう。
おじいちゃん、といっても飛丸の祖父という訳ではない。飛丸の家の近所にある寺の住職だ。
飛丸が物心付く前の幼い頃から、家族ぐるみの付き合いなので実の祖父よりも祖父っぽいが。
「じいちゃん、どうした?」
「おお、飛丸久しいのう」
「一昨日じいちゃんの家で夕飯もらったばっかりだけど…」
一昨日の事も忘れるなんて、遂にボケたか?
「いやいや、飛丸とじいちゃんじゃのうて飛丸と衣座子のことじゃよ。ほれ衣座子、挨拶。」
そうじいちゃんが言うと、横から女が現れた。
…かわいい!物凄くかわいい!誰なんだ?何なんだ?何でじいちゃんがこんな人連れてくるんだ?
「あら、もしかして衣座子ちゃん!!?」
飛丸の母親がびっくりした様子で言った。
・・・知り合いなのか?





第二話へ行くぜ!

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